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M8 AGS(, 装甲砲システム)は、アメリカ合衆国のFMC社(のちにユナイテッド・ディフェンス、今のBAE システムズ・ランド・アンド・アーマメンツ)が開発していた軽戦車・空挺戦車。 M551シェリダンの後継としてアメリカ陸軍に制式採用されたものの、冷戦の終結を受けた国防予算の削減に伴い、最終的に計画はキャンセルされた。 == 来歴 == 1977年8月24日、ジミー・カーター大統領は、大統領指示18号により、全世界的規模で即応展開できる部隊の創設を下令した。翌1978年、アメリカ陸軍の第82・第101空挺師団の2個師団とアメリカ海兵隊の1個師団に対して、即応展開任務が指定されたものの、この時点では単なる書類上の規定に過ぎなかった〔J Record Revising US Military Strategy, 1984, 1st Edition, Pergammon-Brasseys, McLean, Virginia, p. 36.〕〔Antill, P. (2001), Rapid Deployment Force, United States 〕。しかし、翌1979年のイラン革命と、これに続く第二次石油危機を受けて、この種の部隊の必要性は一気にクローズアップされることとなった。カーター大統領は、1980年1月の一般教書演説で、湾岸地域での紛争に対して積極的に介入していくというカータードクトリンを示し、その尖兵として緊急展開軍(RDF:のちのアメリカ中央軍)の創設 が決定された。この緊急展開軍においては、軽装備の2個空挺師団と、重装備の第24歩兵師団とともに、空輸による戦略機動力と従来型歩兵師団の火力を両立した先進軽歩兵師団(HTLD)として、第9歩兵師団が指定されていた〔。 1980年代初頭より、アメリカ陸軍は、この先進軽歩兵師団やAOE軽歩兵師団のように、優れた戦略機動力を備えつつも一定レベルの火力を備えることを求められる部隊に対して機甲火力を付与する計画を開始した。1980年に開始された際には機動防護砲システム()と称されていたが、のちに装甲砲システム()に改称された。これは、空挺師団で用いられていたM551シェリダンと、装甲騎兵連隊で用いられていたTOW搭載型ハンヴィーを同時に代替するためのものであった。 1983年、FMC社は、軽量近接戦闘車両()の開発に着手した。これは、当初はプライベート・ベンチャーとして開始されたものの、後に小改正の上でAGS計画に応募された。AGS計画では、キャデラック・ゲージ社のスティングレイ軽戦車やテレダイン社の遠征戦車と採用を競った結果、1992年、XM8として採用された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「M8 AGS」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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